Yu.memo

レティクル東京座(http://reticletkz.jp/)という劇団で主宰・脚本家・演出家をやってる赤星ユウの雑記。

『皇宮陰陽師アノハ』終演のご挨拶+創作過程のメモ。【長文】

皆様こんにちは。赤星です。

 

大変遅ればせながら

先日無事、レティクル東京座 N<ニュートラル>エンタメ公演『皇宮陰陽師アノハ』が終演致しました。

先日っていっても約一ヶ月以上前…ヒェッ……ちょっとこの一ヶ月忙しくて…やっとブログが書けたでござる。

ご来場してくださった皆様、Twitterで応援してくださった皆様、そして関係者の皆様、誠にありがとうございました。

 

楽しかったねー、皇宮陰陽師アノハ。

 

無事終演したということで、毎回恒例?

『皇宮陰陽師アノハ』創作過程におけるメモ的なものを長文でずら~~っと書いていきます。です。

色々つらつらと書いていきますが、作品は作者の手を離れた時点で読者(観客)のもの。作者が書いたものが公式・絶対の正解になってしまうという事実はありますが…どうぞそこはもういっそ、気にせず。皆さんが自由に『皇宮陰陽師アノハ』を思い描いてくれればいいと作者的には思います。

以下に書くことはあくまで「私はこう考えて書いてました」ってだけのことなので、ふーん、そうなんだー程度に読んで頂けると!

以下、色々がんがんネタバレ含んで書いてます。

話があっちに行ったりこっちに行ったり。ご注意!

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公演パンフレットにも少し書かせて頂きましたが

『皇宮陰陽師アノハ』のテーマ・モチーフは「喪失(そうしつ)」。

 

ここ最近、自分自身色々なものを失くしてしまったもので。

色々なものを失くしてしまったついでに、ぶっちゃけこの公演の企画を最初に考えた時は「もう劇団もやめようかなぁ」とか思ってました。まぁ企画が立ち上がって皆さんの元に公演の情報を公開する段階では、そんな気持ちは消え失せてましたが。

まぁ特段何があったってワケでもなく、昔からの癖なんですよね。作ったものは壊したくなる。得たものは捨てたくなる。培ったものは全て無にしたくなる。ゼロの状態になりたくなる。ゼロの状態になったところで自分自身が何か別のものに変わるワケではないのに。

定期的に劇団も演劇自体も辞めてぇ~ってなります。でも演劇は楽しいので、いつも辞めてぇ~やっぱ辞めたくねぇ~のせめぎ合いです。だって辞めたって、悲しむ人もきっと居てくれるだろうけど、この地球からの視点で考えると私が辞めたところでそれは些細なことだものな。世界は何も変わらない。地球視点で物事を考えるなって話だけど。

 

でもやっぱアノハの稽古は楽しかったです。本番も楽しかったし。

私は演劇を始めた時からよく人に「諦められてしまう」ことが多くて、それは自分の演劇への理想が高いってのもあるだろうし、自分の演劇や創作に対する感覚があまり人から理解されづらいというのもあると思う。昔から、目指しているものが分からないとか、逆に目指しているものは分かるけど自分はそこには行けないとか、行きたくないとか思われがちというか。誰かが自分について来るのを、諦めた瞬間や、萎縮してしまう瞬間ってのは、不思議なことに表情や行動で何を言われずとも分かってしまうものです。まぁ、時には言葉でそのまま言われてしまいますが。

そういうことの積み重ねで、自分は誰にも理解されず誰にも協力してもらえないんじゃないか。と思うことがよくあります。でも作り続けたいんです。だって、自分の中からどんどん演劇が湧いて来るから。

そうこうしているうちに、今では理解者も協力者も、かなり多くなったと思います。演劇始めた時は理解者も協力者もゼロに等しくて。そう思うと、今は随分恵まれた環境に居ます。

「諦められてしまう」ことに慣れ過ぎて、なんだか虚しい気持ちで演劇をやっていたっちゃやっていたのですが、アノハのキャストは全然諦めなかった。ガッツリ喰らい付いてくれた。それが楽しかったし、なんか燃えたね。心の底から、楽しめたんです、アノハを作るの。それが良かった。同時に腑抜けてた心が引き締まった気がしますね。もっと上に行きたいと思った。もっと立派な脚本家とか演出家になりたいと思った。主宰業もね。

 

私は結構「不言実行」とか「沈黙は金」って言葉が好きで、何も言わずにやることやった方がカッケーじゃんとか思ってしまうんですが、反面やっぱり何考えてるのか分からんとか、あまり上手く自分の気持ちとか他人に伝わってないことが多いので、最近は色々頑張って言葉にして伝えようと思ってます。まぁ、言葉にしても伝わらないことはあるし、言葉にしたことで誤解させることも多いんだけどね。特に、僕らの立場の言葉ってのは、よくもわるくもチカラを持ち過ぎますから。喋れば余計な争いを生むことも多々ある、だから喋りたくない。でも喋らなくても知らない所で余計な争いを生んだりしてますからね、存在してるだけで争いは生まれるってこと。業だね。

まぁだから公演に際して~とか、今何考えてるとか、文章にすべきではないのではとも思うのですが、今の自分を世界に発信するのも自分にとっては大事なのかもしれない。とかも考えます。危ういけどね。沈黙は金。でも作家とか演出家だから、自分は。沈黙しないことが金になる時もあるのかな、とかも思います。自分に都合の良い解釈ばっかだけど。

 

 

今作のキャッチコピー。

「星は墜つ、君を残して。」

 

実はめずらしく色々悩みました。

他の候補は

・星は墜つ、灯火のその先へ

・人間であるということ。

・神とは何か?

 とか。

 

最初に浮かんだのが「星は墜つ、君を残して。」という文章で

でもなんだかショッキングな文章だし…と思い色々考えたけど、やっぱり最初のインパクトを大事にしました。公演の方向性の決定というか。星の末路を飾る。

作品そのもののテーマでもあるし、あの時の劇団そのもののテーマでもあったし、なんか自分自身(赤星ユウ)を示した言葉でもあったかも。

私は此処で終わってもよかったんだよ。ていう。此処で、というより、私はいつ物事が終わってもいいと思ってる節が昔からあるし、自分に終わりが来ることを特別なことではないと思っている。今だって、理解者や協力者が現れてくれたけど、それがいつまで続くかはわからないし、演劇をやる上である程度のドン底は経験してきて、今はドン底から脱してるけど、またいつドン底に戻るかは分からないし、ドン底のさらに下に行くことだって全然あり得る。そしてそれを私は恐怖だと思っていない。いつだって自分の身に振り掛かってもおかしくないことだと思ってる。

自分が居なくなるイメージ、劇団が無くなるイメージってのは、それを始めた頃から常にある。そうなってほしくはないと思って尽力するけど。栄えれば廃れますからね。まぁ現在の救いは、ゆーてまだ栄えてないってことです。まだ山登りの最中ってことです。我々は頂上を目指してガンガン進むけど、頂上を見つけてしまった時が最大の不幸だろうね。あとは墜ちるしかないもの。

星は墜つとか書いたし、此処で終わってもよかったんだよ。とか思ってるけど、でも反面、全然ここはまだ墜ちるポイントじゃないし終わるポイントでもないと思った。

マイナスな文章を書いた時ほど、気分はプラスになりませんか?

逆にプラスの文章を書いた時ほど気分はどんどん落ち込む。

インプット・アウトプットの問題かもしれない。私は明るい作品を書いた時ほど気分は落ち込むし、逆に暗い作品を書いた時ほど気分は明るくなるんです。自分の中の気持ちのアウトプットなのかもね。 まぁ、受け手は、明るい作品観たら気分も明るくなるし、暗い作品観たら気分も暗くなるものだろうけどね。だから基本的に、皆さんと、私の気持ちは、作品ごとにちぐはぐになる。アノハはもう、私はバリバリ明るくテン上げ↑↑でしたよ。ということは皆さんは…。

 

「星は墜つ、君を残して。」って寂しい言葉だけど、寂しさの中にどんよりした絶望じゃなくて、なんか美しい侘しさみたいなのがありませんかね。置いていく情景、置いていかれる情景、どちらも想像できる言葉というか。作品そのものとも密接にリンク出来た気がするし。

キャッチコピーの話は、そんな感じでした!

 

 

そして唐突に皆が知りたがってた?『皇宮陰陽師アノハ』キャラクタァの年齢まとめです~。

自分の中ではこうでした。創作段階のメモ。

年齢順につらつら。

 

?→白虎、六合、酒呑童子、大天狗、野ばら

30代半ば→トガノ

30代前半→山科皇宮護衛官

20代後半→三の葉

20代半ば→大瑠璃陛下、こはる、聖蘭、片喰

20代前半→不破ウシオ、セツ、鹿城サク、五条シズク、サギリ

10代後半→安倍アノハ、朱鷺皇子、蘆屋ホクト、はつね、飛良

10代半ば→なでしこ、きらら皇女、チガヤ

10代前半→レキ、美琴、美鈴

 

ざっくり!

同じ年代の枠組みの中の上下は…自由に妄想してください。笑

この表からわかることを一つあげるとすれば、片喰が留年してるってことです。でもきっとわざと留年してるんだと思います。1~2単位とか残して。

 

あとは、キャラクタァの名前の由来とか。

 

●不破ウシオ…不破は友達の名字を借りました。ウシオは潮(うしお)。メイン三人のうちの海担当だから、海にちなんだ名前を。

●安倍アノハ…安倍はあの超有名な陰陽師から。アノハは作中でも語られてたけど、あの葉=イチョウ。銀杏の花言葉は「鎮魂」「長寿」「荘厳」メイン三人のうちの大地担当。

●大瑠璃陛下…オオルリという青い小鳥から。色鮮やかで美しい鳥ですよ、可愛い。メイン三人のうちの空担当。

●朱鷺皇子…朱鷺(とき)の別の読み方がシュロ。オオルリと対になる赤い鳥。絶滅する鳥、人工飼育の環境下で辛うじて生き残っている鳥。

●蘆屋ホクト…蘆屋はあの超有名な陰陽師から。ホクトは北斗七星。ナナセって偽名もここから。

●白虎&六合&酒呑童子&大天狗…妖怪とか化け物とか神様とかの名前から。一番現存する資料が少ないのが六合。他は結構残されてる言い伝えとか通りにキャラ付けしたけど、六合はかなりオリジナリティが入っている。

●野ばら…茨木童子→茨(いばら)っていうのと、シューベルトの『野ばら』と。野ばらは童謡で一番好きな歌だ。野ばらの花言葉は「痛みから立ち上がる」=羅生門は倒壊と再建を繰り返す。羅生門の鬼と同一視される茨木童子。また別の花言葉「純朴な愛」「孤独」など相反するものを併せ持つ中庸、ニュートラルな存在。

●なでしこ…可愛らしい可憐な花。撫子の花言葉は「純粋な愛」。

●セツ…雪。大瑠璃と同じく、空から来るもの。青系統の色を想定するもの。

●三の葉…三つ葉のクローバーの花言葉は「信仰」。

●トガノ…咎(とが)。一人の人間の生命を代償に地獄から舞い戻った大瑠璃陛下は一生、咎を背負う。

●レキ…歴(れき)。代々続く聖職者の誇りと意志。

●山科皇宮護衛官長…京都の地名より。シンプル~。

●五条シズク…レティクル東京座の作品に地味に登場する名門・条の字一族の五条担当。シズクは雫。ウシオと一緒の、水関係の名前。

●鹿城サク…カシロは化する(=変化する)の命令形、化しろの当て字。発音は違う。サクは朔=新月

●きらら皇女…雲母、鉱物より。キラキラ。

●美琴&美鈴…琴と鈴、楽器にちなんだ名前に、お揃いの美の字。

●はつね&こはる…初音と小春。どちらも春にちなんだ名前。ウシオに春を運ぶ存在。春…出会いの季節でもあり別れの季節でもある。

●聖蘭…アングレカム・セスキペダレ(別名:スイセイラン)という蘭から。花言葉は「祈り」。

●チガヤ…茅(ちがや)という雑草より。そこら辺に生えている、親しみある雑草。普遍的な子供の象徴。

●片喰…片喰紋(かたばみもん)という家紋より。家紋の元ネタの片喰という植物は、一度根付けば何度でも新しい芽を出す。転じて、たとえ片喰という個人が死んだとしても、彼の遺志はこの後の世界で何度も受け継がれていくという暗示。學生組の大地担当。

●サギリ…狭霧(さぎり)より。あと万葉集の「まそ鏡 照るべき月を 白栲(しろたへ)の 雲か隠せる 天(あま)つ霧かも」が鹿城兄妹の元ネタ。輝く筈の月が見えないのは雲が隠してるのかしら、霧が隠してるのかしら。みたいな。サク(月)とサギリ(霧)で呼応する。學生組の空担当。

●飛良…ヒラという魚が元ネタ。漢字は当て字。學生組の海担当。

 

そしてそして、ここで今作の衣裳原案(作成:赤星ユウ)を公開します。

何気に今作では初公開なんじゃないか?

衣裳原案とは、企画のわりと最初の方に赤星から衣裳さんやメイクさんに提出するキャラクタァのイメージ資料です。このキャラクタァの衣裳・メイクのイメージカラーはこんな感じで、本編ではこういう立ち位置を予定していて、本編の展開はざっくりこんな感じになります。みたいなものを絵と文章で説明してます。

これを元に、衣裳さんやメイクさんがデザインしてくださいます。結果、皆さんが観た本編のキャラクタァの外見になっていくのですね。

なので各キャラクタァのプロトタイプ的に楽しんで頂けると。沢山の人間の手で作っていく演劇ならではのデザインの変化をお楽しみください。

かなりゴチャゴチャと色々書いてるので、見辛くてすまない。本当に本当の初期に書いてる図なので、本編と違う箇所も。頭の中の混沌を覗き観てください。

 

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ちなみに、衣裳の杉澤香織さんが描いた衣裳案も公演HPにて掲載してます!

http://reticletkz.jp/anoha/costume/

これと見比べると、どうデザインが変わっていったのかとか分かりやすいかも。

特に主人公のアノハのデザインはガッツリ変わってますね。

あとはヘアメイクとかも結構変わってます。デザインは林美由紀さん。

コチラはキャストページを見て頂くと分かりやすいかも!

http://reticletkz.jp/anoha/cast/

 

キャラクタァの造形を様々な角度からお楽しみください!

 

 

そして、以下、色々メモ~。ざっくり。

 

●宗教都市の元ネタ

場所自体は京都と銘打ってますが、中身は実は、日本唯一の宗教都市・奈良県天理市をモチーフとしてます。宗教が特別なものではなく、日常の一部となっている都市。宗教によって均整を保つ都市。実際に訪れました。不可思議で、美しい街でしたよ。「全ての人がかえる場所」らしいです。同じ見た目の建物がいくつも立ち並ぶ。遠くで祈りの声と太鼓の音が常に聴こえてくる。インスピレーションが掻き立てられる街だった。京都から電車で1時間、750円くらいで行けます。

宗教都市・京都の外身は京都、中身は天理市モチーフです。

 

奈良県天理市

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京都府

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●メイクについて

デザイナーの田中ユウコさんが考案し、ヘアメイクの林美由紀さんが実現してくださったのですが、今回は京都がメインの話ということで、普段のレティクル東京座のアイメイクと全然違う種類のメイクになってます。具体的に言うと、TOKYOから来たウシオはいつものレティクル東京座みたいに華美でド派手で目が大きく見える西洋的なメイクだけど、京都の人々のメイクは目が細く見えるような、あっさりとした東洋的なメイク。

ビジュアル撮影の写真が表に出回った段階で普段のレティクル東京座のメイクと違う!と気付いてくれたお客さんも多くて、嬉しかったし気付くのすごいな~と思った。

 

●宗教都市・京都は標準語

「関西弁のキャラが居ない」

これ公演中誰かにつっこまれるかなあ…って思ったけど、つっこまれなかった、よかった。笑

一応、設定がしっかりあります。京都に首都を移した段階で、標準語(東京弁?)が京都のスタンダードになりました。

 

●『皇宮陰陽師アノハ』は『アイドル♂怪盗レオノワール(2017年上演)』と同時代別地域の話、『昴のテルミニロード(2016年上演)』の数百年前の話

↑これが『皇宮陰陽師アノハ』の上演台本のラストに書かれていた「とあること」です。

レオノワールの終演の時から、ずっと言いたかった~。でもアノハ終演まで言えない~遠い~って思ってた。笑

レオノワールであんなに皆楽しそうだったのに、一方その頃京都は!!みたいな感じです。そして数百年後!!みたいな。

レオノワールではシーニー資本によって土地を買収し独立ディストピア社会、ネオ・ナリマスシティを作ったアイドル♂総裁フェイロン=ワンが主人公の獅子丸カナメたちの敵として登場しましたが、実はそれは大局的に見るとそう悪いことでもなかったんだなあ…っていう話。レオノワールの劇中でも少し語りましたが、フェイロンが来るまであの辺りは『國家解体』で荒れ果てた地だったので。TOKYOはア○リカ的な國に支配されてます。だからレオノワールでも純粋な日本人ぽい人って少なかったり、ハーフっぽい人が多かったりしたんですね~。

ちなみに、不破ウシオが住んでた場所は海があるところということで、ネオ・ナリマスシティやイケブクロ・メトロポリスとは離れた場所。不破ウシオがもしネオ・ナリマスシティに住んでたら、そもそも京都に行こうと思わなかったかもしれない…。

 

『皇宮陰陽師アノハ』は、過去の作品、そしてこれからの未来の作品と繋がる部分が多いです。

今作でいうと…

 

★数年前、聖蘭が見た「東の方へ勢いよく飛んでいく巨大な緑色の流れ星」は、フェイロン=ワンの元へ顕現したファントム・アイン(『アイドル♂怪盗レオノワール』より)

偶然それを見た聖蘭は家を捨て民間宗教家になる。ファントム・アイン的にはただ通り過ぎただけなので、全く認知してない。でもあの日ファントム・アインを聖蘭が目撃しなかったら、アノハの結末は違ったものになってたかも。誰かの何気ない行動が、他の誰かの結末を決めてしまう。バタフライ・エフェクト的な。

 

★大瑠璃陛下とセツの子孫が朝霧陛下、宿木親王、なずな(『昴のテルミニロード』より)

あの後、大瑠璃陛下とセツは結婚し、子供を残す。皇族の血は受け継がれ、繋がっていく。咎を背負った大瑠璃の、実の弟を殺して自由と安寧を得たという「業」は子孫に受け継がれ、朝霧陛下は國の傀儡となった挙句に実の弟に殺され、皇族の血は絶え、日本という國は滅びる。

 

★レキは聖職者ジン一族の始祖(『昴のテルミニロード』より)

レキはジンという名字を新たに名乗り、聖職者として生きる。レキの子孫が代々聖職者として皇族に仕えることに。しかし時代と共にレキの教えは歪められ、再び皇族を傀儡にするための手段として宗教は利用される。

 

★東北に追放された大瑠璃陛下の母親は、東北へ何を残す?(いつかのお話)

★海に身を投げて死んだウシオのキョウダイ。海の下には理想郷がある?母たる海が支配する世界(いつかのお話)

★大瑠璃が死んだ時に行(おこな)った「地獄巡り」。大瑠璃は虚無としか感じなかったが、地獄にも世界は広がっている(いつかのお話)

 

などなど。

『アイドル♂怪盗レオノワール』や『昴のテルミニロード』についてはYouTubeに動画が一部アップされてるので見てくれよな!!(ステマ

 

 

 

 

こちらが公演特設サイトだ……。

アイドル♂怪盗レオノワール→http://reticletkz.jp/leonoir/

昴のテルミニロード→ http://reticletkz.jp/termini/

 

過去公演DVDやパンフレット、上演台本が通販でも購入できるゾイ(ステマ)→

http://reticletkz.jp/store/

 

 ●安倍アノハ(皇宮陰陽師)と蘆屋ホクト(民間陰陽師

アノハは正統派な陰陽師、ホクトはトリッキーな陰陽師というイメージがあります。

二人が使う陰陽術も、アノハのは現実世界に実在する呪文(「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」とか)。ホクトのは今作にあたり書き下ろしたオリジナルの呪文(「怨、故・伐・戴(おんこばったい)」とか)だったりします。他には劇中でも触れてましたが、お互いに使える術が違ったりします。アノハは泰山府君が使えるけど、ホクトは人を操る外法が使えるとか。

正統派なアノハは陰陽師一本でやってたり、トリッキー・庶民派なホクトは陰陽師以外にもそれらを活かした調合師とか占い師とか色々手を出してたり。

二人の関係は公務員VSフリーランス個人事業主みたいな感じです。

ただ、どれだけ二人の陰陽師スタイルが違えども『式神召喚』という術に関しては古来より変化がないという設定で、なので『式神召喚』に関しては呪文も召喚方法も二人とも一緒のスタイルにしてあります。

ちなみに、アノハが使役する「十二天将(じゅうにてんしょう)」も現実世界に歴史として?文化として?実在してますが、ホクトが使役する「十二悪鬼(じゅうにあっき)」という概念は今作オリジナルです。十二悪鬼のチョイスも、有名な悪っぽい妖怪から選びました。

 

●あの世界における『式神

劇中でも触れてましたが、あの世界での『式神』は『式によって導かれし記号』です。

かつて妖怪・化け物・或いは神と呼ばれたカタチの無い概念は、陰陽師によって調伏されると、『式によって導かれし記号』=『式神』…カタチのある概念に昇華する。

妖怪・化け物・神・或いは『式神』は「合わせ鏡の世界の存在」で、普段の我々が住んでる世界と少しズレた世界線に居る。合わせ鏡の中のように、同じ世界が映し出されてるようで、映し出されただけ無限に広がっていくような世界。

式神』が居るところは「合わせ鏡の世界」の中でも隔離されている場所、という設定です。さらに主ごとに隔離されてるイメージです。召喚前の式神はそこで眠り続け(起動前)、召喚の時を待ってます。陰陽師は、自分専用の「合わせ鏡」を一つ所有している者ってことですね。

基本的に「合わせ鏡の世界」は現実の世界と干渉しないが、時折「合わせ鏡」を越えて不可思議なものたちが現実にやって来る。それを我々が妖怪とか化け物とか神とか呼ぶ。(逆に我々が合わせ鏡の世界に迷い込んでしまう場合も。その場合起きるのが「神隠し」)

式神』は、それらを記号化して、意図的にこちらの世界へ呼べるようにしたもの(偶発的なものではなく、確実なものとして)。それらを可能にしているのが陰陽師とか霊力とか。

だから、陰陽師とか式神とか召喚とか言ってるけど、実はやっていることはかなり電子的というか、コンピューターに近いようなイメージ。

陰陽師(ユーザー)が陰陽術・霊力(プロトコル)を使って式神(プログラム)を合わせ鏡の世界(データ)から召喚(出力)してる。みたいな。パソコン用語詳しくないので正確には違うニュアンスになってるかも…でも分かりやすく言うとアレですよ、預けてるポケモンをパソコンから呼び出してるみたいな感じですね。

アノハやホクトは今は霊力が足りずそれぞれ二体ずつしか顕現できないという設定ですが、設定的には他の十体とも契約は切れておらず、ひたすら「合わせ鏡の世界」で再び呼び出されるのを待っています。契約は血ごとに受け継がれているので、血が絶えた瞬間に全ての契約が切れます。

 

●『野ばら』の存在

それを踏まえた上で劇中に登場した『野ばら』というキャラクタァに触れると。劇中で野ばらが自分自身で「そして我は、ある日突然、その方程式より弾かれしもの」と言ってるのですが、まさにそれ。それ以外に説明のしようがないキャラクタァ。

かつて野ばらは「茨木童子」という妖怪で、酒呑童子の部下でした。

あとこれは絶対に伝わってないし絶対に勘違いさせてると思うんだけど、茨木童子は「十二悪鬼」の一人ではありません。また蘆屋ホクトの式神でもありません。

(劇中でナナセと聞いて「ホクト…蘆屋ホクト!(その偽名の正体知ってるで!)」みたいな反応をしてるのも勘違いの要因だなと思うのですが、あれは京都で知ってることは知ってる・知らないことは知らないみたいな感じ、記憶も自我もその時々で曖昧なので…)

茨木童子は別の誰かを主とし、別の誰かの『式神』でした。

それが何かが起きて、契約を失い、でも元の「茨木童子」という概念に戻ることもなく、ふと気付くと…ワタシはダレ?状態の謎の概念になってしまった。所謂バグです。世界の枠組みから外れてしまった存在。

最初は概念からのスタートだったので実体も何も持ってませんでしたが、徐々に実体を得てきている。という設定で、衣裳も包帯グルグル巻きという様相なのですが、あの包帯の中では徐々に身体が形成されていってるという設定です。劇中ではまだ包帯の中身は空っぽ。野ばらは、多分人間になりたいと願って、徐々に人間に存在を近付けていってるんだと思います。

バグなので、非常に自我も記憶も曖昧な存在ということで、その時々で一人称が違ったり、雰囲気が違ったりといった感じで作ってほしいとキャストの青海さんには伝えました。劇中最後ではウシオに「私は、君がそうだと思うもの。俺が認識したものが君。つまり、僕は僕だ。」と言ってますが、あれは「俺が認識したものが君」でウシオとリンクして、ウシオ視点を強制的に一瞬乗っ取ったりしてるイメージです。すぐまた野ばら側に視点を戻しますが。

概念、というものが、つまり君(自分)がそうだと思うものなので。

そうだと認識したものがその人にとってはソレになる。つまり…みたいな、少し難しい台詞でした。

稽古での思い出で、普段あまり質問とか来ない青海さんがめずらしく寄って来て「この台詞さぁ…そういうこと?概念的な…」みたいなふわっとした質問をして来て、「そう、そういうことだよ」って返して「そうかぁ…そうだよなぁ…」って言って帰っていきました。どういうアクトにするか相当悩んでたみたいで、色々イメージを伝えたのも良い思い出です。アメージングで…ワンダフルな…

 

●「ねじれた化け物」

劇中で朱鷺皇子と従者・三の葉との会話で出てくる「ねじれた化け物」。

 

朱鷺皇子「「ねじれた化け物」は、この世のもの、全てを口の中に入れる。太陽を食べれば、日食が起こった。生きている限り、食べ続けることをやめない、おそろしい化け物。」

三の葉「しかし「最後の審判」の日、「ねじれた化け物」は、その運命から解き放たれる。朱鷺様、あなたの心の飢えもいつか必ず、満たされる日が来ることでせう。」

 

このように二人が語ってますが、「ねじれた化け物」の元ネタは旧約聖書に登場する陸の怪物ベヒモスベヘモット)』と、同じく旧約聖書に登場する海の怪物リヴァイアサンレヴィアタン)』です。 

そもそもこの二つの怪物は別個体でありながらかなり役割だったりが似ていて、同一視もされてる怪物たち。

ベヒモスはこの世のものをひたすら食べ続ける怪物。ただただ食べ続ける。ベヒモスの宿命というか存在意義は、メシア(救世主)が現れた時の宴のメインディッシュだったり、「最後の審判」で生き残った人々の食料になると考えられたり。フォアグラのガチョウのような運命というか。

リヴァイアサンは太陽を食べて日食を起こし、月を食べて月食を起こす怪物。とにかく恐ろしい程強大なチカラを持った化け物で、この地上にリヴァイアサンを支配するものは居ない!とまで言われているけど、最後は神に頭を砕かれて、砂漠の民の食料にされる。

ね、別個体の筈なのにとても似ているでしょ。作中の設定としては、この二つの怪物の話をミックスしたものを、「ねじれた化け物」として語っているといった感じです。二つの別個体の話が「ねじれて」同一個体の話になってる、という意味も込めてます。

 

朱鷺皇子や三の葉が劇中で

 

朱鷺皇子「私は、「ねじれた化け物」?」

三の葉「人は皆、「ねじれた化け物」ですよ。」

 

といった感じでなんとなく示唆していますが、劇中における朱鷺皇子はベヒモスであり、リヴァイアサンです。存在するだけでひたすらあらゆるものを破壊し続け、最後には神(大瑠璃陛下)に殺され、メシアや民の食料(犠牲・糧)になる。「最後の審判」の日、その運命から解放される。つまり、死して生きるものの犠牲・糧となることで、朱鷺皇子は全ての苦しみから解放されるというエンディングを示唆していました。

 

OPで「羽ばたいた鳥は 解放の標(しるべ) 犠牲を伴(ともな)い 繁栄を呼ぶ 時(とき)の呪いを遺(のこ)し」という歌詞があるのですが、ここら辺も大瑠璃陛下と朱鷺皇子という二羽の鳥のことを表現したりしてます。時の呪いは時代の呪いって感じなんですが朱鷺(とき)の呪いと若干掛けたりしてます…こんな所で誰にも理解されないクソ駄洒落を入れてしまった…。大瑠璃にとって朱鷺は呪いですからね。

そう、今作だけじゃないけど、結構「呪い」というものをモチーフにすることが多いです。誰かの言葉や誰かの行動が誰かへの呪いになる的な。幽霊とかではなく、生きている人間の業みたいなイメージに近いです。今作でもいっぱい「呪い」を仕込みました。自分が描く呪いはいつも、マイナスな意味だけを持つとは限らない、といった感じにしてます。そういった視点でレティクル東京座の作品を観てみるとまた違った発見があるかもしれません。

 

朱鷺皇子というキャラクタァは、おそらく観ていて全く理解出来なかったりするキャラクタァだったんじゃないかなと思います。何がしたいの?みたいな。反面、朱鷺皇子と似ている人からしたら、理解は容易だったと思うし、共感しやすかったかも…。

朱鷺はとにかく生まれつき「破壊衝動」だったり「破滅願望」を秘めている人で、それに苛まれてあらゆるものを傷つけ破壊してしまう。自分の感情を抑えきれない人。だから、行動も全然理屈じゃない、衝動的。でもそんな衝動的な自分のこともちゃんと分かってて、あらゆるものが嫌いだけどそんな自分が一番大嫌い。みたいな。

朱鷺皇子みたいな人、よく周りに居ませんか?

 

所謂「架空の物語」を作る時に、キャラクタァはある真っ直ぐな感情を持ち、真っ直ぐにその目的を生きたりすることが多い。たとえ悩んだとしても、それさえも到達地点にキャラを持って行くための必要事項だったりね。そうして物語を作っていると、私はよく「コイツ何がしたいの?」ってキャラを逆に作りたくなる。よりリアルに寄せるために。だって、我々が生きている現実の方が、コイツ何がしたいの?って人、多いじゃないですか。でもそのコイツ何がしたいの?って人も、突き詰めていくと、自分の感情が上手く表現出来なかったり、そもそも自分で自分のことが分からなかったりしているってことに気付く。それって何も特別なことじゃない、よくあることで、リアルだな。って思う。あまり「物語」に登場しないけど。でもそういう特性を持ったキャラクタァを物語に入れることで、物語ってまた違った味わいが出来るんじゃないかなと思ってる。

でも、そういうキャラクタァもきちんと愛されてほしいし、納得してもらいたいし、自然に溶け込ませたい。それには描き方をきちんと丁寧に考えないとだなと、日々研究中です。あと何より演じてくれる方の魅力あってこそです、これは全部のキャラクタァに言えることですが!皆、アノハのキャラクタァを演じてくれてありがとう(ここで言っちゃう) 

 

●所謂「良いシーンだなぁ」ってのを描かないようにしてる

自分が演劇を作るにあたって、善人の善人による善人のためのプラスだけに溢れているシーンってのを、極力作らないようにしてます。というのも、やっぱり色々な意味で「リアル」で在りたいから。描いてるのは何処まで行っても虚構そのものなんですけどね。逆に、マイナスだけに溢れたくもない。「なんとも言えない」シーンを作るのが好きだったりする、観ている方はモヤモヤするかもだけど。

人間のエゴだったり、どうしようもなさだったり、それでも自分を納得させてなんてことないように生きようとしたりする、そういうのが溢れてるシーンが好き。

よく現場で、「私はここのシーン、全然良いシーンだと思って作ってないから!登場人物のエゴに溢れてて、クズみたいなシーンだよ!それを理解して演じてくれ!」って言ってます。「観る人によっては、ここのシーンは良いシーンだなぁ・感動的だなぁと映ると思う。それは一つの正解だし、観たいように観てほしい。でも作ってる側は、このシーンは良いシーンだなぁ・感動的だなぁと思ってはいけない」とも言います。

おそらく、作家・演出家によっては同じシーンを描いても、良いシーン・感動的なシーンにする人も居る。それも一つの正解だし、そういうところに演劇の個性って出ると思う。そんな中で、私はこう描くんだっていうイメージを伝えていくことが、演出家の仕事なのかなとも思います。

 

●その後の世界

あの後、宗教都市・京都の門は再び閉ざされます。

結果として、大瑠璃陛下は自分に歯向かうものを全て排除し、自分を支えるポジションを自分が信頼おけるもののみで固めましたが、それは決して幸せな未来を大瑠璃陛下自身にもたらしません。劇中でも大瑠璃は、嫌なヤツを切り捨てず手元に置き続け、なんとか共存をはかり痛み分けをすることにより調和を為していました。アノハが虐殺すれば…といった提案に対しても「人間の道理を越えてはならない」と言ったり。それは大瑠璃自身、痛み分けで調和を為さないと、必ず今以上に恨みを買ったり報復されたり大義を失ったりすることを理解していたからです。現状維持しつつ、じわじわと有利に物事を進めたかったのです。

でもそれが朱鷺の暴走やホクトの暗躍や民の扇動で不可能になった。結論を出さないといけなくなり、結果として弟を殺し、自分に歯向かうものを全て排除し、残った仲間たちで周りを固めましたが、大瑠璃もウシオもアノハも、それが全く最善の方法ではなく、むしろ大変なことをしてしまったということを理解している。

完成したのは独裁体制で、真の恐怖政治だからです。

大瑠璃と朱鷺の関係は複雑で、朱鷺の最期の瞬間は確かに穏やかな安らぎを感じていたし、大瑠璃と朱鷺の間ではあの結末はお互いに受け入れられ・完成されている世界ですが、大瑠璃が朱鷺を殺した・兄が弟を殺したという事実は決して消えることはなく、後世にまで「クーデターを起こした弟(皇子)を殺害し、クーデターに加担した民を銃殺刑に処し、自らの臣下のみに高い地位を与え世を治めた陛下」という歴史のみが残ります。

それを理解していたウシオは大瑠璃に朱鷺を殺せと言われ実際に殺した時に、「俺の意思で殺したんだ!」と言います。命令されたからやったんじゃない、俺の意思でやったんだ、だからこれは陛下が皇子を…兄が弟を殺したんじゃない。みたいな。自分がかつて経験してしまったキョウダイ殺しの罪を大瑠璃に背負わせたくなかったというのもある。でもそれは朱鷺にはまかり通らないし、朱鷺じゃなかったとしてもまかり通りません。ウシオは大瑠璃に仕える存在ですからね。それに朱鷺はウシオなんか見てなくて大瑠璃だけを見てましたから。結局、ウシオは罪を被るのに失敗したし、そもそも大瑠璃も朱鷺もウシオに罪を被せる気はなく、お互いに罪を分け合うことを選んだので。ただ、皇族なので刀は握らない。実行するのはいつだって、命令される誰かです。若干ニュアンスは変わるけど、絞首台の、ボタンを押して床を抜く人と一緒。

そう考えると、皇族でありながら自分で銃を持ち大瑠璃を撃った朱鷺の愛憎は凄まじいものだったとも思います。

 

とにかく、あの後の世界の未来は暗いです。

そしてこれからの未来を、京都に残った人々は全員理解しています。

でも同時に、それでも立ち向かっていかなくてはいけない、とも理解しています。

だから大瑠璃は去ろうとするウシオを引き留め、ウシオを京都へ残した。

 

『皇宮陰陽師アノハ』の数百年後が『昴のテルミニロード』なので、今後ウシオやアノハや大瑠璃たちが何を残そうとも、全ては滅びに向かっていくワケですが、それでも『昴のテルミニロード』の時代には『皇宮陰陽師アノハ』の登場人物たちは誰も残っていません。当然、みんな自らの人生を終えています。

たとえ滅びに向かっていくとしても、その登場人物たちが生きていた時代までしか世界は認識出来ないということを踏まえると、ウシオやアノハや大瑠璃はあの後精一杯生きて、自分の人生を全うしたかもしれません。「後なんてどうだっていいんだよ、今が一番大切なのに」ってヤツですね。

だからあの世界の未来は暗いけど、それと登場人物たちが幸せだったか不幸せだったかは関係ないというか、そことは完全に切り離された事象だと思います。私たちだってそうでしょ?

だから、皆があの後の世界を自由に想像してくれればいいと思います。いつか公式で続編を書くかもしれないけど。

とりあえず決まっていることは、大瑠璃とセツが結婚して子供を残すこと。皇宮陰陽師の血がいずれ途絶えること。レキの末裔が聖職者としてやがてレキの教えを歪めていくこと。とかとか。あとは多分、あの後の世界で不破ウシオと鹿城サクが大瑠璃陛下に皇宮護衛官として仕えていくけど、あの二人はきっと殺伐とするし、きっと仲が悪いし、結局は不破ウシオが劇中最後に大瑠璃陛下に語った通りの未来になっていく。それでも大瑠璃はウシオを手元に置くことを選んだし、アノハもそれに従う。人生は泥沼だ。それでも時間は流れていくんだ。みたいな。

人生は泥沼だけど、生きているということはそれ以上に何かしら意味を持つものだよね。とも思う。死ねばそこで終わりですから。それでも「死」すら全くの無意味ではない、誰かの死も誰かにとって意味を持つものになる。だからあの世界で無意味だったことなんて何ひとつない。それは我々が生きている現実ですら同じ。

意味のないことなんてない、だからこの世は地獄なんだ。 烙印は君の希望。

 

 

●その他小ネタ

ひたすら長々と語ってしまった!以下は小ネタまとめだよ!

 

・海の下に理想郷があるっていう概念は、安徳天皇(平家)が入水する際の二位尼の「波の下にも都がございます」という言葉が元ネタ。

・蘆屋ホクトのラストの台詞「出ていこうと思えば、いつでも出ていけた。そうしなかったのは、惰性(だせい)。惰性だよ。」は追加された台詞。当初は「さようなら……安倍アノハ。」しかなかった。普段滅多に台詞を追加することはないんだけど、完本して関係者に送付してから、何かしら引っ掛かってて。すぐにそこの一文だけ追記して、初稽古に臨んだ。なんか曖昧な書き方になってしまいますが、直感みたいなものがあったんでしょうね。ここでこの一文を追記することで、この作品は格段に良くなるぞ。みたいな。あんまりうまく言えないんですけどね。

・プロットの当初は実は、鹿城サクを投獄されて闇堕ちした五条シズクが不破ウシオに対してアプローチを掛けて二人が身体だけの関係になる予定だった。ウシオ・シズク・はつねの三角関係的な。その延長線上で、様々な立場の人間と関わることにより大瑠璃陛下を正義だと感じられなくなったウシオが大瑠璃陛下を裏切って大瑠璃陛下を刺し殺す展開も考えてた。もしくは、最初から不破ウシオが大瑠璃陛下を殺す雇われ暗殺者として入洛して、脈絡なく中盤過ぎに大瑠璃を刀で刺してアノハと対立する構造とか。観客も「ええっ!?」てなるような感じで。最後はウシオがアノハに殺されて終わるENDも考えたり。結局色々練り直して、それらは無くなったんですが。ちなみに飛良も離反して主人公側につく展開も考えたのですが、プロット改定で今の形に落ち着きました。あと、山科皇宮護衛官長が一度裏切った後、大瑠璃側に再度降り、その忠誠の証としてきらら皇女を子宮摘出のために捕らえるって展開も考えた。その後、子宮を取られたきらら(手術は別の人)が去るのを見送った後、後ろから鹿城サクに撃ち殺され「一度裏切ったものはどうであれ許さない」みたいな展開も考えてたけど、プロット改定で今の形に。あったかもしれない皇宮陰陽師アノハ。

・公演パンフレットにもちょっと書いたけど、そもそも最初は陰陽師少女アノハ』っていう現代風式神學園ラブコメになる予定だったんですよね。白虎と六合が普段は人間の姿してるけど実はアノハに使役される式神で、アノハは街の異変を式神を使って解決するとかいう…そういうカードキャプターさくら的なものになる予定だったんですけどね…蘆屋ホクトも女性でアノハの陰陽師ライバル兼恋のライバル的な感じの清楚で淑やかだけどやる時はやるで的な眼鏡キャラだったんですけどね…大瑠璃陛下とか朱鷺皇子とか存在してなくて、なんか寺の息子とか登場する、全然違った作品になる予定だったんですけど色々あって全部没!ボツ!没!すげー方向転換して『皇宮陰陽師アノハ』が生まれました。

・『皇宮陰陽師アノハ』での安倍アノハの性別は特に劇中で明言してません、お好きなように。

・作中で登場しなかった他の『十二天将』『十二悪鬼』もいずれ別の作品で出て来たら激熱だなと思う(セルフbot)もし朱雀とか玄武とか青龍とか登場したら「あっ白虎の仲間だ!」って思ってください。

・絶版した『學園使徒ノクト(2015年)』って作品から実は地味に「『条』の字一族という名家がある」って設定をたまーに使ってて、一条~九条まで居てそれらを治めるものを守条(かみじょう)という。って設定の元、今回は五条を登場させました。過去に守条・三条・九条を登場させてますが、三条以外絶版作品になってるので、今後また新たに登場させたいところ。

 

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以上!!

ここまで長々と読んで頂きありがとうございました。

自分としても、ようやくしっかりと文章が書けてよかったです。

 

これから12月中旬(予定)に劇場で注文した人に『皇宮陰陽師アノハ』DVD&Blu-rayが届いたり、その辺りでアノハ関連の物販も通販出来るように整備したりしようかなと思ってたり(予定)、そうこうしてるうちに次回本公演が動き出したりと、レティクル東京座は精力的に活動する予定です。

いっぱい楽しいことしような♂♂

 

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お客様からのお花や差し入れ等です!

うおおおお~~~~圧倒的感謝ァ……。皆様の応援のおかげで日々楽しく演劇やれてます!いつも応援ありがとうございます!

 

落ち込んだりもするけれど、私は元気です。みたいな。

頑張りたい、頑張りたい、みたいな気持ちを奮い立たせて、これからもレティクル東京座頑張ります。

 

改めまして

ご来場してくださったお客様、応援してくださったお客様、関係者の皆様、この度は誠にありがとうございました!

これからもよろしくお願いしまぁす!

 

 

近々色々なお仕事情報をまとめたいな~と思ってる赤星でした。

なお。

 

末安陸一人芝居企画『女装に目覚めた青年を覗き観る。』終演のご挨拶+memo

こんにちは。

赤星です。

ブログではお久しぶり

 

 

先日、無事

末安陸一人芝居企画『女装に目覚めた青年を覗き観る。』

終演しました。

 

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ご来場頂いた皆様

Twitterで応援してくださった皆様

誠にありがとうございました。

 

生まれて初めて一人芝居、生まれて初めての劇場以外での公演(大学サークルの頃に大学の教室でやったことはあるけど…)色々初めてだらけの公演でした。

自分は2012年に劇団を旗揚げして、脚本・演出自体は2011年から始めたのですが、実は最初からひたすら今までずっとそれなりに大人数でのエンタメ芝居をやり続けてました。飽きることなくずーっと。ずーっと大人数のハチャメチャなエンタメ作ってた。

この5~6年、ひたすらずーっとレティクル東京座(※赤星が主宰をやってる白塗りエンタメ劇団)しかやってなかったんですよね。

 

何でかっていうと、やっぱりひたすらエンタメ芝居がやりたくて、だから自分が一番チカラの発揮できるホーム(自劇団)を作ってひたすらにやってたから。

あと実はつい最近まで大学に通い続けてて(ウッッッ頭ガッッ

レティクルやって、大学行って、レティクルやって…っていうループで数年間過ごしてて。それが自分のサイクルだったんですけど、こないだ大学やっと卒業して(ウッッッッ頭ガッッッッ

わりと時間にぽっかり余裕出来て、レティクルは年に1~2回しかやらないし、空いてる時間にじゃあ何するかなってなった時に、やっぱ何かしら演劇やってたいなと思って。

 

そうなった時に、自分が一番やりたかった大人数のエンタメ芝居は、レティクル東京座っていうそれなりに安定した土壌で伸び伸びと好きに出来るぐらいにはなってたんですね。で、レティクル東京座って少し特殊で、登場人物が全員白塗りでやるエンタメで。歌ったり踊ったり。何じゃそりゃって感じの劇団で、広報戦略的にキャッチコピーみたく「唯一無二!」と謳わせてて、此処に行けば必ずこういった芝居が観れるぞ。レティクル東京座がやってることはレティクル東京座にしか出来ないぞ。っていうのを押し出してて。

 

詳しくはYouTubeの動画とか


レティクル東京座『アイドル♂怪盗レオノワール』★OP


レティクル東京座『アイドル♂怪盗レオノワール』★第一幕場転

 

劇団公式サイトを見てね!!!(ステマ

http://reticletkz.jp/

 

 

まあそんな感じに細々頑張ってるのですが、そうやっているうちに、自分がそういった特殊?な芝居しかやってこなかったことに気付いて。きっと誰もが当たり前にこなしてきたルートを、全然通ってないことに気付いて。

自分はレティクル東京座でやっていくと思ってるけど、それしかやらないというのも、作家・演出家として勿体ない。まだ若いのに。若いっつってんだろ

いつしかぼんやり、レティクル東京座ではやらないことを、やってみたいなあ。って気持ちを抱いてました。

 

そんなある日。

俳優の末安陸くん(https://twitter.com/riku_bd)がSNSで、何か色々あってフザけて女物の長袖のワンピース?を着た写真をアップしたのです。まあワンピースっていってもその写真は下まで映ってなくて、上半身のアップだったのでスカート部分は映ってなかったんですが。でもその上半身だけでパッと女物だと分かる、上質で上品な服だった。 しかもそれは、女装として着たんじゃなくて(多分)本当に素のまま、ただそこにワンピースがあったから着ましたみたいな、ナチュラルな写真だった。

その写真が本当に本当にとても良くて、素晴らしくて、ガーーッと自分の中のインスピレーションが掻き立てられました。

私もその場のノリでフザけて「女装芝居やりましょう!」とコメントした。

でもどんどん芝居のストーリーやイメージがわいて、次の日、公演の企画書を書いてまとめて末安君に送った。 お互いのスケジュールをすり合わせて、小屋を取って、契約して、そして表に情報を出した。あっという間だったね。

 

ちょっと話を寄り道。

私が末安君と出会ったのは、2015年に上演したレティクル東京座の本公演『幕末緞帳イコノクラッシュ!』の出演者募集オーディション。

お互い認識したのはそこだけど、厳密に言えばちょっと前に一方通行で認識?してた。

『幕末緞帳イコノクラッシュ!』の前に上演したレティクル東京座の本公演『學園使徒ノクト』を末安君は観劇していた。私は毎ステージ、客席の後ろから公演を観てダメ出しを書いてるのだけど、実はその時観劇していた末安君を認識していた(名前も顔も存在も当時は全く知らなかったけど)。末安君はその時、客席後方の下手側の席に座っていて、偶然にも居る場所が近くて、私は「なんか顔が良くてスタイルも良いイケメンが観に来てるなあ、きっと役者さんやろなぁ、」と思ってた。(余談だが、なんとなくモデルと役者の違いはパッと見て分かる、あんま具体的に説明出来ないけど。雰囲気かね)

そうこうしてるうちに次回公演のオーディションに彼が来て、出演が決定して、以降三作品ほど連続でレティクル東京座に出演してもらった。

 

皆ご存じかもしれないけど、彼はとても素敵な役者で、まず見た目がセクシー。(いきなり見た目の話ですまない)

整った顔をしている。私が一番彼の見た目で好きなところは、目の下のクマ。目の下にくっきりと暗い影があって、それがとてもセクシーだと思う(謎感性)。

目の下のクマと対照的に、瞳はとても澄んでいて綺麗。光が入って、きらきら輝く。

時々薄く開きがちな唇もいい。身体がとても薄い。横から見るとすごい。スマホ

手足も細く、しかし筋張っている。身体も薄いが筋肉の筋が至る所に綺麗に入っている。お腹もいいけど、何より背中の筋が綺麗だ。

ここまでひたすら見た目を褒めてしまったけど、彼は内面も素敵ですよ。そこまでパーソナリティなところにお互い踏み込んでないのでビジネス上でのことしか語れませんが。

彼はとても誠実で、真面目な人間。義理を大切にする。台詞の入りも早いし、演技の修正も早い。淡々と真面目に物事に取り組む。何より観客への感謝の気持ちをどんな時でも忘れない。

演出家と役者間の話をすると、よく赤星の要望に応えようとしてくれるし、且つ自分で考えて一本筋を通したプランを持って来てくれる。ぼんやり迷子になるタイプではなく、しっかりと着実に自分でよく物事を考え、突き詰めてくれるタイプ。一緒にやってて楽しいね。

 

道に戻る。

女装?の写真でインスピレーションを得てバーッと話が思い浮かび、あらすじを書いたんだけど、その時は「末安君はもし女装をするってなったら、こういう反応をするんじゃないかな…」と想像して書いた。(あらすじの内容は、普通の青年が女装に興味を持ち軽い気持ちで試したら、似合うと思ったのに似合わなくて、謎のプライド?自尊心?が傷つけられ、ムキになりのめり込んでいく…といったもの)

その時の想像は、あくまで「仮定」的な意味合いで、特に彼の過去とかは知らずに書いたんだけど、その後打ち合わせで、実はかつて過去に似たようなことがあったと知って、びっくりした。

その内容は、女装芝居の中で彼が長台詞でバーッと語ってくれてます。あれは末安君の実話を元にしてます。(劇中ではコスプレカフェだったけど、実際はミスコンだったらしい)

想像と過去が一致すると、気持ちいい。

 

 

公演内容の話。

『女装に目覚めた青年を覗き観る。』というタイトルの通り、女装芝居でした。

私は昔から本っっっ当に女装というものが大好きで、でもその女装は、男が完璧に女になりきるタイプの女装ではなくて(ウィッグとか被って完全に自分の『男』の部分を消して『女』になりきるタイプのものではなくて)男性が男性のまま女装しているのが好きだ。何言ってんだ?って感じだけど、シンプルに伝わってほしい。男性が女性の服を着ているのが好きなのかもしれない。当然似合わないんだけど、でもそれでいい。逆に似合わなければ似合わない方がいい。別に性癖じゃないんですけど。

何で好きなの?って聞かれてもわからない…。ただ本能で似合わない女装を求めている…。

 

この作品を書くにあたって、色々青年の気持ちや行動を想像しながら書いたのですが、本当に台本に違和感がないか?こういう時どう考える?こういう経験はある?何を思う?など分からないことが多かったので、末安君本人にも色々質問したし、あと男性劇団員の中三川君と雨宮さんにも色々質問しました。古俣さんは雨宮さんと系統が似てるだろうなって思って省いちゃったよ、ごめんね

 

作品の中でメイクをするくだりは、自分の高校生ぐらいの時を思いながら書きました。今、スマホやネットが流行った時代ではどうなってるのか分かりませんが、自分が高校生の頃はまだ今ほどネットがメインで台頭してきてはなくて(勿論流行ってはいたが今ほどでは。まだまだアナログなことが台頭していた。スマホは存在しておらずガラケー、パソコンは持ってる人は少なかった)

所謂女性がメイクを知る時、メイクに興味を持つ時、っていうのは、同世代の友人同士のなんとなくの流行り・共通意識だったりとか、年頃になった瞬間からの姉や母親からのレクチャーだったりとか、っていうのがきっかけになることが多いんじゃないでしょうか。その人のポジションにより一概には言えませんが。

自分の時のことを思うと、やはり同世代の友人がメイクをやり始めて、じゃあ自分もって感じだった気がします。今だと、もしかしたらネットで検索してやり始めるのかな?と思いますが、当時はメイクはネットで学ぶんじゃなくて、女性向けのファッション雑誌のコラムで学んだり、あとは友人同士の口コミとか…が主だった気がします。

自分も高校生の夏休みにメイクをめちゃくちゃ練習した覚えがあります。(学校には校則の関係でメイクしていけなかった)夏休みが集中してメイクの練習が出来る期間だったんですね。勉強に集中しろ

初めてのメイクは、劇中の末安君みたいに、何も上手くいかなかった覚えがあります。自分が不器用すぎたのもあります。全然上手く出来なくて、ボロ泣きしながらやってたのだけ強く覚えてます。

 

そうこうしながら覚えたメイクですが、メイクってのは時代と共にあっさりやり方とか流行りとか変わっていくものなので、自分のメイクは今の時代では古いなと思うし、やり方違うなと思うし。でもメイクや服装の流行りを追い求めるのは自分は10代の時がピークで(なんせやりたいことが無さ過ぎて大学行かないで原宿のショップ店員になりたいと思ってましたからね)

20代からは特に流行りを追おうと思わなくなってしまった。いや、演劇をやっているので、『流行り』というものは知識として吸収はしてるけど、それを自分に反映する欲がないというか。若干演劇観の話にもなるのですが、他人を仕立てるのが好きで、たぶん得意な方なんだけど、自分のことにはあまり頓着しないんですよね。余談ですが、だからなのか、私個人と、私の作品が、イコールに繋がらない人が多いらしいです。「えっこの人がこれ書いたの!?」みたいな風に言われることが多い。自分的には、ばりばりイコールだろーって思うけど。

 

話の内容的には、「俺って何?」みたいな感じのを端々に入れてたのですが、この「俺って何?」というか自我、というか自己、というか、っていうのは、実はレティクル東京座でも…というか赤星の創作物そのもので結構テーマにしてることで、自分が昔から一番興味があったのは「自分って何?」ってことだったので、それが色濃く出てるというか。

これは個人的な感覚とか感性の話なのですが、赤星は子供の頃から、鏡に映った自分を上手く「自分」と認識出来てなくて、どういう感覚かというと、目の前に映った肌色の皮を被ったこの顔、の奥に眼球や皮膚が収まってるじゃないですか。そういった顔や身体の奥底の皮膚、血管、内臓、骨…?とかを想像して、それらを覆っているこの肌色の皮膚、が作った自分の顔や身体。と思考が内(内臓とか)から外(皮膚の上とか)に戻ってきて、そうすると「自分」がこの「自分の顔」を所有?していることが、どこか客観的なものとしか見れなくて。主観的なものとして考えられなくて?

どうやらこの身体を自分が所有しているらしい。名前も貰っているらしい。育ってきた過去や経歴があるらしい。と、どんどん客観的な視点になっていく。って感じ。

昔ほどじゃないですけど、今もそんな感覚はあります。結果、「自分って何?」って問いは昔からぼんやり考えていて。哲学的な意味でも、感覚的な意味でも?

まあでも、そんな感覚を口に出すと変かなと思ってたし、普通に暮らしてたんですけど。今、大人になって、そういった外面とかコミュニティとか一切気にしなくてよくなって、(要は好きに一人で生きられるようになって)、子供の頃からの感覚や思考を掘り起こして、寄り添って、ゆったりと作品づくりに昇華していってる感じであります。

 

それとはまた違った感覚の話ですが

大学でやった勉強で、印象に残ってることのひとつに『カテゴライゼーションの暴力』って概念があって。

ざっと言うと、「ひとは白黒つけたがるけど、言葉や概念に縛られないという選択肢があってもいい。」的なやつで、ひとは生きてる限りあらゆる意味でカテゴライズされるし、カテゴリーに属さないといけない時とか多いけど、本当はそういった支配から逃れる選択肢があってもいいし、そういうのだって選べるんやで。的な概念。

まあ、その考えも矛盾を孕んでるけどね。カテゴライズされないという概念にカテゴライズされてるやん…的なね。突き詰めると、『虚無』こそが平和であり安寧なのでは?とかよく思うけど、『虚無』もカテゴライズだよね。まあ、そういった矛盾を置いといて、『カテゴライゼーションの暴力』から逃れるという概念は、赤星にとっては衝撃だったし、ええやん、と思ったのです。

 

今回の作品でも、そういうのは一貫して意識しましたね。

一般的な感覚、概念に自分が沿えていないのでは…?という揺らぎ。部屋に一人籠って思案する青年という構図。(会場は「ギャラリーしあん」という古民家だ!)

鏡。自己との対話。他者との繋がりを唯一浮かび上がらせるスマートフォン。部屋に裸で籠るという構図は子宮の中の胎児にも似ている。

余談ですが、部屋の窓は雨戸で閉ざされ、さらに本来透き通っているガラス窓は、新聞紙で塞ぎました。

 

気付いた人、居るかな?その新聞紙、実は全部、「逆さま」か「横向き」に貼ってあるんです。

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あっ…見てほしいのは後ろの窓の新聞紙ね。ちゃんと見てる??

 

劇中で色々なことが逆さまに、アベコベになるので、それの象徴です。あとは、横向き、平行線・並行線の気持ちだったり、未来だったり、の示唆的なね。上がりもしないし下がりもしない、変わらないままの青年の日常(本質)的な。

 

1時間30分の中に、色々詰めた作品でした。1時間30分の一人芝居ってすごいよ。普段レティクル東京座、30人ぐらいで1時間45分の作品やってるからね。

文字数の違いもえげつなかったですよ。今作、台本は約1万2000文字で、音も照明も特に変わらない。レティクル東京座の前回公演『アイドル♂怪盗レオノワール』は台本は約4万8000文字、音楽とか照明とかバンバン入ってくる。

これで15分しか上演時間違わない。ね、えげつない。末安陸は本当にすごい……お疲れ様…(このタイミング)

 

 

なんか色々長々語っちゃったけど、今作はDVD撮影はしてません。DVDにはなりません。写真は撮ったけど。また何処かでまとめて公開するかな。

あの公演は、あの三日間だけの、我々とあなただけの秘密です。あとはもう我々の思い出に残るだけ…。あなたの心の中で、頭の中で、さらに美しい公演になるといいな。

 

さいごに。

末安陸くん、本当にありがとう!楽しい三週間だったね!(稽古は全8回)

一緒に上演出来て楽しかったよ。本当に楽しかった。

また作品づくり一緒にしましょうね。

 

改めまして、ご観劇して頂いた皆様、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

今後もまた、レティクル東京座をやりつつ、合間で少人数のこじんまりとした公演をやりたいなーと思ってます。近すぎる距離感で、楽しいことやりたいね。

 

 

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末安陸、美しかったなあ。

 

 

 

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美しかったね……口紅(鳴き声)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 さあ、部屋の外に出よう。

 

 

 

 

(撮影:飯田奈海様)

 

末安陸一人芝居企画『女装に目覚めた青年を覗き観る。』◎公演詳細

 

レティクル東京座(http://reticletkz.jp/)の赤星ユウが脚本/演出を務め、guizillen(http://guizillen.under.jp/)の末安陸が出演する三日間限定の一人芝居企画の詳細です。

-----キリトリ-----

 

末安陸一人芝居
『女装に目覚めた青年を覗き観る。』


脚本/演出:赤星ユウ(レティクル東京座)
青年役:末安陸(guizillen)

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●あらすじ
青年はある日ふと女性の衣服に興味を持ち、
女性の化粧品やアクセサリーや香水の持つ美しさ・華やかさにひどく魅入られた。
自分がそれらを身に付ければあっという間に自分も街を歩くあの女性たちのように
可愛くなれるのでは?と思い早速軽い気持ちで試したところ、
鏡には気持ちが悪い不格好な男しか映らなかった。

そんなワケがない。
俺はゆーて顔も整ってる方だしスタイルだっていい、
目はパッチリだし鼻筋も通ってる。

青年の探求と執着と劣情の夜がはじまる。


●日時
2017年6月30日(金)~7月2日(日)

6月30日(金) 19:00~①
7月1日 (土) 14:00~②/19:00~③
7月2日 (日) 14:00~④/18:00~⑤

※受付開始は開演45分前、客席開場は30分前です。
※全席自由席です。
※客席開場時は、予約順による整理番号での入場となります。
※上演時間は約1時間30分を予定しております(2017年6月27日現在)。


●会場
Gallery & Space しあん
〒110-0015 東京都台東区東上野1-3-2
TEL:03-5812-3633
HP:http://www.siang.jp/

都営地下鉄大江戸線新御徒町
A1出口より徒歩約1分


●チケット情報
前売:2,500円(自由席・特典付き・税込)
・末安陸非売品直筆サイン入り女装2L版ブロマイド1種類付き(公演毎に異なるブロマイド)

当日:3,000円(自由席・税込)


■チケットに関する注意事項
※前売の特典は、当日受付でのお渡しとなります。
※ご予約後の日時変更・キャンセル・払い戻しはできません。
※お客様のご都合による払い戻しには一切対応できません。
※お客様のご都合によりやむを得ずキャンセルとなったチケットは、再販を行うことがあります。この場合も、既にご予約したチケットの変更・キャンセルはお受け致しかねますので予めご了承ください。
※公式指定販売先以外の不正なチケット購入に関しまして、トラブルが発生する原因となる恐れもございます。ご利用なさいませんようご注意ください。また、これらのチケットに関して生じたトラブルについては、主催者は一切責任を負いません。

■上演にあたっての注意事項
※上演中は携帯電話やアラーム等の音の出る機器は必ず電源をお切りください。
※上演中のほかのお客様のご迷惑となる行為はご遠慮ください。
※後方のお客様の視界の妨げとなる帽子の着用や髪型はご遠慮ください。
※劇場内でのご飲食や、所定の場所以外での喫煙はご遠慮ください。
※劇場内で上記注意事項をお守り頂けない場合や、スタッフの指示に従って頂けない場合には、ご退場頂く場合もございます。皆様のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。
※スペースの都合上、スタンド花・アレンジ花ともにお断りしております。ご理解・ご協力いただきますようお願い申し上げます。


●チケット販売窓口

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※一般発売は先着とさせていただきます。
 全席自由席ですが、当日・開場時はチケット予約順による整理番号でのご入場となります。
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セブンイレブン支払の場合、予約有効期間(お支払期限)が過ぎますと、自動的にご予約は無効(キャンセル)となります。 改めてご予約をお取り直しください。

 

●Staff
スチール撮影:飯田奈海
当日運営:吉乃ルナ
企画/製作:末安陸一人芝居企画製作委員会


●お問い合わせ

MAIL◎yu_project@reticletkz.jp(末安陸一人芝居企画製作委員会)
TEL◎080-2041-8828(当日運営:ヨシノ)
WEB◎http://ich888yu.hateblo.jp/

 

 

-----キリトリ-----

皆様からのたくさんのご予約をお待ちしております。

赤星ユウ

 

『アイドル♂怪盗レオノワール』終演のご挨拶+創作過程のメモ。【長文】

こんにちは。赤星ユウです。

2月22日(水)~27日(月)までシアターグリーンBIG TREE THEATERにてレティクル東京座の本公演『アイドル♂怪盗レオノワール』を上演してました。

無事終演しました!1866名のお客様にご来場頂きました!ありがとうございました!

 

劇団としても初の試みが多い公演でした。

結成五周年目の公演、キャパの大きい劇場での公演、指定席、事前入金制のチケット、ダブルキャスト…などなど。

でも関係者の皆さんや、何よりお客様に支えて頂き無事終演することが出来ました。

課題は山積みですが、精進していこうと思います。

今後ともレティクル東京座をよろしくお願い致します。

 

さて。以下は公演についての色々をつらつら書き綴ります!

公演というか、『アイドル♂怪盗レオノワール』創作過程の色々…って感じ。

なかなかこういうものを書く機会も場所もないので…メモ書きに近いものですが。ゼヒゼヒ御覧ください。

ネタバレ注意!です!あとかなり素に近い感じで色々語ってるので、注意です。エロ同人について少し語ってたりするので、苦手な方は要注意です。

 

 

-----キリトリ-----

 

『アイドル♂怪盗レオノワール』の構想は2016年3月に上演した前回公演『昴のテルミニロード』上演中にはもうありました。

「冴えない主人公が魔法のチカラでかっこいい青年に変身、変身する時には妖精が居て、普段は人形の姿してて、変身する時に主人公のテーマみたいなギター曲が掛かって、一旦ホッ●リミットみたいな格好になってから入れ替わる」というかなり具体的な演出イメージがありました。

変身する時なんでホッ●リミットになるかというと…完全に変身シーンのイメージで…普通は変身する女の子が一旦全裸になって光的なもので隠されて新しい衣裳になるじゃないですか。だから今回も本当は全裸にしたかった。でも演劇だから、出来なかった。光で完全に隠れないしね…結果アレになったって感じです。

 

さて。こんな感じの構想をしていた2016年3月当初、赤星は「アイドルもの」なアニメなどを面白い~と観てました。うたプリとかキンプリとか。

だからタイトルを『アイドル♂怪盗レオノワール』にして、作品自体ももっとアイドル的な感じに寄せようと思ってたのですが、その後すぐになんと「アメコミヒーロー映画」にハマってしまったのです。そう、アイアンマンです。MARVELです。以降一気にMARVEL映画を観て完全に脳内が「アメコミ」「ヒーロー」になってしまいました。

そんな赤星の脳内の流行りを一手に引き受けたのが『アイドル♂怪盗レオノワール』でした。途中から自分でも「アイドル…?アイドルって何だ…?」「レオノワールってヒーローなのでは…?」「タイトル…『ヒーロー♂怪盗レオノワール』の方がいいのでは…?」と錯乱してたのですが、劇中でミルヒくんとラッテちゃんが言ってましたね。

「ラッテちゃん!アイドルって、何だろう?」

「え、ひとを笑顔にするような、存在、かな。」

そうだ!ひとを笑顔にするような主人公ならそれはもうアイドルなんだ!アイドル♂怪盗なんだ!という自己暗示。

あとidolって偶像って意味もあるので、やはりピッタリだと思いました。偶像♂怪盗レオノワール。

 

タイトルの♂マークですが、何でついてるかっていうと、『アイドル怪盗レオノワール』だと、パッと見てレオノワールが女の子だと勘違いされちゃうかな、と思ったからです。アイドルって字面だけだと、女の子を先行してイメージしちゃうかなと思って。主人公は男の子で、熱い少年漫画的な話にするぞ、というのが伝わればいいなと思って『アイドル♂怪盗レオノワール』というタイトルになりました。頭が煮えてたとしか思えないタイトル

レオノワール」というのは造語で、Leo+noirレオノワール。レオは「獅子・ライオン」、ノワールはフランス語で「黒・正体不明・不正・暗黒」といった意味。ノワールって語源にこだわって、レオノワールのシャツは黒にしたりしてます、あまり見えないけどね。対立するウルフズベインのシャツは白。

何でアイドルものとヒーローものと魔法青年モノとさらに怪盗モノを混ぜたのかというと、全部全部好きだったから!怪盗は怪盗ジョーカーってアニメにハマってた(る)から!怪盗ジョーカーってアニメはめちゃくちゃ面白いので本当に皆に観てほしい!どのキャラもとっても魅力的ですが赤星はシャドウジョーカーってキャラが一番好きです!ウルフズベインの元ネタ

今回感想でいっぱい「ニチアサ」というワードを頂いたのですが、実は赤星はニチアサを見たことがありません。赤星は朝は基本的に寝てる子供だったので…昼~夕方に起きる子供だったので…大人になってからも朝は基本的に寝てます…。

その代わり、深夜に起きてる子供でしたから、深夜アニメはいっぱい観てました!観てます!あとネット配信が流行り出してからは色々な作品を時間帯関係なく観れたのでかなり色々影響は受けました!

自分的にはやはりガイナックスとかTRIGGERとか中島かずきが好きなので、今回は変身モノ+熱い少年漫画モノ+ちょっとえっち、ということで「グレンラガン」「キルラキル」「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」「宇宙パトロールルル子」辺りに多大な影響を受けてます。というか、今作だけでなくて、これらにはいつも結構影響を受けてるのですけど。

アイキャッチ演出はグレンラガンアイキャッチのオマージュです!ローゥローゥファイザパゥワァ↑↑

他にも子供の時に観てた夕方~夜頃のアニメ!「コレクター・ユイ」「セーラームーン」「赤ずきんチャチャ」「キューティーハニー」…ここでは書ききれない程いっぱいの夢溢れる作品たちにも影響を受けてますね。

あと最近のものだと「ニンジャスレイヤー」とか。フェイロン=ワンは完全に忍殺のラオモト・カンをイメージして書きました。ラオモトの周りのオイランはアイドル♀コンパニオン三人娘なイメージ。どーぞどすえ。

あとあまり伝わってないかもしれませんが、ファントムたちが契約者たちを変身させる時、「一瞬エロい顔をしてほしい」と演出リクエストをしました。エロい顔というか…こう変身させる時にこう一瞬…何かを出すみたいな…アアッ…みたいな……うーんコレクター・ユイの変身シーンの動画観て!ってキャストに言いました。翌日ちゃんと観てくれて、稽古でやってくれて、それが完璧で、よしこれでいこう!ってなりました。

演劇での一瞬の表情の演出は難しいんですけどね…アニメとかだとアップでそこだけ抜けるからやりようがあるけど。ほぼほぼ自己満足的な演出だと思うけど、やれて楽しかった。

そう、今回現場でいっぱい「もっとエロ同人みたいにやってほしい!」ってリクエストをいっぱいしました。ここでこんな話するなよって感じなんですけど、赤星はエロ同人が大好きなんです…男性向けも女性向けもすき!

特に好きなのが、さっきエロ同人が好きって言いましたが、「全然エロシーンじゃないのにエロ同人みたいになってる」っていうシーンだったり見せ方だったり構成だったりシチュエーションが、大好きなのです!

先述したコレクター・ユイの変身シーンだって、全然エロいシーンじゃないのに、普通の変身シーンなのにちょっとエロい顔してる…っていうのが当時からすごくツボで。性癖の歪み

キルラキルのやけに露出度が高い変身後の衣裳だったりとかも。

エロいことをそのままエロいこととしてやるより、全然エロじゃないシーンをエロい感じでやる方が何かこう…グッとくるんです…昔から…。それと同じベクトルで、露出度が高い格好を登場人物がしてたとしても、本人は全く気にしてないって見せ方の方が好きです。その方が健全にエロくなるから。不健全なエロも好きっちゃ好きですが、健全なエロで見せたいところはそこら辺、すごく気を遣ってます。だから露出度の高い?タイガーリリィもあの格好だけど一切恥ずかしがるシーンは入れなかったんですね。主人公のカナメにも一切変身シーンに関して恥ずかしがる描写は入れさせませんでした。アタルには個人的趣味で恥ずかしがらせましたが。

 

話があちこち飛んでしまうのですが、今作『アイドル♂怪盗レオノワール』はこの話の前の話(アイドル♂怪盗レオノワール ZERO)や続き(アイドル♂怪盗レオノワール 2)が広がっていくような作品になればいいなと思って作りました。

その中心にあるのが作中で出てきた「ファントムシリーズ」という宇宙の妖精たちの存在。

主人公・カナメにはファントム・ゼクスという妖精が、主人公の相棒ヒロインポジのシオリにはファントム・ノインという妖精が、主人公のライバルポジのアタルにはファントム・アハトという妖精が、主人公と敵対するフェイロンには実はファントム・アインという妖精がそれぞれ付いて(憑いて)ましたね。

Twitterでも少し触れたのですが、ファントムシリーズはこの世界に全部で12体いる、って設定です。ファントム・アインからファントム・ツヴェルフまでいます。今作では1・6・8・9しか出てませんが、他のファントムもきっと何処かに…いる筈。

劇中でも少し語られてますが、虚無から宇宙が生まれて、宇宙から☆が生まれて、☆が生んだのがファントムシリーズという設定です。概念的な話ですね。

彼らは宇宙の妖精。父たる宇宙(そら)の元からやって来て、父たる宇宙(そら)の元にかえっていきます。Twitterでも少し触れましたが、この世界には「母なる海」という概念も存在してますが、それはまた別のお話。といった感じ。

ニンゲンに「ファントム粒子」という魔法のチカラを宿し、なりたい自分になるチカラを与える存在。なりたい自分っていうのもわりとふわっとした概念ですが…劇中でいうところのレオノワールとかウルフズベインとかタイガーリリィとかフェイロン=ワンとかですね。

「ファントム粒子」は子供が生まれた瞬間にその子供に引き継がれるという設定です。契約者が子供を作らず死んだ場合、ファントムは父たる宇宙にかえるという設定。(まあでもすぐにかえるワケじゃなくて、なんか多分少しの猶予期間があって、その間に他の人と契約出来ればその人の所へ行くんじゃないかな、ざっくりですが。アインがフェイロンの前に誰と契約してたかとかはご想像にお任せします♂)

父たる宇宙にかえるということは、ファントムは一番避けたい。だから「ファントム粒子」はあらすじにも書いてありますが、「人々の心を魅了し惑わす魔法のチカラ」なんです。ファントム粒子によって変身した姿は、カッコよかったり可愛かったりして、人々の心を魅了し惑わす。だから人と人を引き寄せて、子供を作らせるためのチカラ。という設定があったりします、特にキャストには言ってなかったんですが。

ファントム自身はこれらのことは基本的に意識してません。たまに気付くファントムも。父たる宇宙にかえりたくない、というのも本能的なもので、何故、ということを意識してるファントムは少ない。

本編の話にもなりますが、ファントム・アインは一番最初に作られたファントムなので、色々なことに気付いてたって設定です。それで、アインが気付いたことは一切間違いがないって設定です。

ファントムはニンゲンのことがよくわからない、ニンゲンを知りたい、といった感じの描写を本編で随所で描きました。ファントムという存在は思考回路を持たずに生まれてきて、それを知るためにニンゲンに寄生している「未完成の存在」。何代にも渡ってニンゲンを知り、思考回路を得て、いずれ「完璧な存在」になるためにニンゲンと共に過ごしている存在です。概念的な話。それを意識出来てるファントムは少なく、本能のところに何となく刻まれてるもの、といった感じですが。

この「完璧な存在」というのは、実はニンゲンにとっては邪悪な存在で、アインが劇中で「ファントムにはニンゲンの運命を歪ませるチカラがある、ニンゲンの運命が歪めばセカイも呼応し歪んでいく、セカイを歪ませることこそファントムの使命」と言って、ゼクスはそれを拒絶していましたが、実はアインの言ってることは一切間違ってないのです。

アインは一番目につくられたので、他のファントムより先にその真実に気付いたという設定です。ちなみに1~12体ファントムが居る中で、ゼクスはちょうど真ん中の6番目、というのも意味があります。主人公に付くファントムということで、ゼクスが今後どうなっていくのかは不明瞭にしたかったという意図があったりします。ゼクスの味方になったアハトとノインが8番目と9番目という後半の妖精なのも、そういった意図があります。

ファントムというのは、ニンゲンに魔法のチカラを与えてくれる存在ですが、普通のニンゲンがニンゲン以上の力を得るということは、アハトも言ってましたが、運命が歪んでいくということ。というのを書きたかった。たとえば、変身してヒーローにならなければ、身体が傷付くこともない。怖かったり痛かったりすることもない。 変身前と変身後のギャップに苦しむこともない。変身前と変身後の自分、どっちが本当の自分?と自我が揺らぐこともない。

結局のところ、人生というものは、平々凡々に生きていくのが一番の幸せだと個人的には思っているのです。でも、何か強大なチカラを得ることで、平凡な人生から離れていく。ひとが羨むような、輝かしい人生を歩み始める。でもそれは孤独との戦いで、理解をなかなか得られなくなる、特殊な人生の幕開け。というのを表現したかった。

ファントムは、輝かしい人生を与えてくれるけど、それと同時に様々な災厄(孤独・苦悩…etc)も運んでくるもの。といったイメージでした。

だからニンゲンにとって、ファントムは全然「いいもの」じゃない。むしろおそろしいもの。といったものを表現したくて、劇中でも、愛らしかったり好ましいと思える側面の他に、どこかニンゲンと根本的に違うと感じさせたり、怖かったり、不気味だったり、 といった側面を随所に出したりしました。ホラー的な演出も少し。

 

劇中で上手く表現出来てたかはわかりませんが、ファントムというものはニンゲンに寄生していく中で、どんどんニンゲンの自我を侵食していく存在。という設定もあります。

特に主人公のカナメは実はもうだいぶゼクスに侵食されていて、だからレオノワールの一人称がゼクスと同じ「僕」だったり、カナメの性格とかなりかけ離れてて、むしろゼクスに近かったり…してます。

アタルは徐々にアハトに侵食されていってる段階で、ウルフズベインは基本的に「~ですよ」と喋る敬語クールキャラで、これはアタルが思う理想の姿(クールでかっこいい姿)なのですが、感情が揺さぶられるとアハトの暴力性に侵食されて相手の呼び方が「テメェ」になったり傘で変身前のカナメを殴ったりと暴力的になります。劇中ではその後ちゃんと元のクールキャラに戻りましたが、アタル(ウルフズベイン)も時間が経てば今のクールキャラからアハトに似た暴力的な性格になっていきます。

シオリは一番浸食が浅くて、全くノインのぽんやりした性格が出てません。というかシオリは本当に心身共に強い子って設定で、カナメやアタルの理想の姿が身長から顔から何から何まで別人になってしまったのとは逆に、一応自分の原型を最も残してます。役者も変身前と変身後と同じだし。

カナメやアタルは自分に自信がないから別人レベルで変身後の姿が変わるけど、シオリは自分に自信がないワケじゃなくて、ただひたすらもっと強くなりたい!と想ってタイガーリリィになってるのであんな感じ…といった設定でした。とにかく自分の意思が強いので、ノインの侵食が最も遅い。って設定です。ただ食い止められるものでもないので、緩やかにぽんやりしていくと思います。シオリにとっては、ぽんやりするっていうのは多分最も嫌なことなんじゃないかなと思いますけど。

フェイロンはみりゅーという子供が生まれた後にアインに目を付けられて契約したので、子供が居るけどファントムのチカラを得ました。実はアイドル♂総裁だったって話だったんですが、フェイロンも自分に自信がないワケではないので、見た目は全く変わりませんでした。フェイロンはシーニー出身ですが生まれてすぐに日本にやって来て燻っていた人で、外国人だから差別されたりして、自分はこんな所でこんな惨めな気持ちになるような存在じゃないのに…クソッ…クソッ…と思ってたところで美巳子と出会い、恋をして子供も出来て結婚して…これから妻と娘のために頑張るんだ!妻と娘に愛されていればそれで幸せ。と思ってたところに、アインに野心や才能を見抜かれてアインと契約し、本編みたいな感じになっていったっていう。

余談ですがフェイロンは美巳子を高3で孕ませて結果美巳子は高校退學しましたがフェイロンはちゃっかりそのまま高校卒業してるので、わりとどうしようもない人間だと思います。でも人間らしいよね。

実際のフェイロンは結構大人しい性格ですが、アインに侵食されて一人称も「オレ様」になって傲慢な感じになってました。アインが離れてからは元の大人しい感じに戻りましたが。時々現れる寂しがりな面は本人の本質って設定です。

ファントム・アイン自体は基本的に一人称オレ様で傲慢な感じの設定でしたが、1番目につくられてかなり永い間稼働して、多くのニンゲンを見続けていたので、どんどん自我が揺らいでいるって設定でした。だから人形時は口調が違ったり、エーステに化けている時は全然違ったキャラを演じてたり、エーステからアインになった当初も口調が定まってなかったり…といった感じでした。「完璧な存在」というものに一番近かったんでしょうね。個ではなく概念になりかけてたというイメージ。

ちなみにファントムというものはニンゲンと組んでる時が一番チカラが発揮できるので、だからアインもフェイロンを棄てた時に次の契約者を求めてました。里沙・ラッテと失敗しましたが。アインは傲慢なのでニンゲンと組まなくても6番目のゼクスくらい倒せると思ってたけど、ニンゲンと組んでアップデートしたゼクスに負ける。ゼクスが「ジブン自身の運命を歪めるチカラに呑み込まれた」とアインを評してましたが、アインがゼクスに負けた理由は、前者と後者の二つの理由があったという感じ。だから多分里沙かラッテと組むのにアインが成功してたら、ゼクスレオノワールは負けてたんじゃないかな。

 

ファントムはなりたい自分にさせてくれるけど、それは今のナチュラルな自分を棄てて全く新しい自分になるということ。それは自然なものではなく、歪なものである…といった設定があります。自然なものではないから、世の大量の人間の中から突出出来るんだと思いますけど。

ゼクス自身は劇中でアインを否定し、自分の真実は自分で見付ける!ニンゲンと一緒に共存していくんだ!と結論を出していましたが、実際のところアインが言ってたことは全て正しく、そしてゼクスはカナメの自我をどんどん侵食していってるという事実があるので、ゼクスがニンゲンと本当の意味で共存できるのかはわからない…といったラストになってます。

 

すげー上の方にも書きましたが、「レオノワール」の「ノワール」が暗黒といった意味が含まれてる。というのも、『アイドル♂怪盗レオノワール 2』がもしあったら、レオノワールが暗黒面に落ちる可能性がある、というのを示唆したいなと思って付けました。2はね!演劇で2はね!なかなかないと思うけどね!やりたいっちゃやりたいけどね!

2で暗黒面に落ちるという構成、私が大好きなアイアンマンへのオマージュでもある。アイアンマンも2で、アイアンマンになるためのパワー源が人体にどんどん悪影響を与えていて主人公がそれで失墜するって感じですからね。カナメたちとファントムの関係性は、それのオマージュでもあったり。ということはレオノワール3では「さらば、ファントム」ってする流れですね。アイアンマン3では最後パワードスーツを全て破壊して「これが私だ」ってなって終わりますから。まあその後アベンジャーズっていうヒーロー大集合映画があるから何事もなくパワードスーツが復活するんですけどね。そしてそれが原因でその後ヒロインと険悪になって別居する。これはレオノワールも最後さらばってした後劇団十周年記念公演で色々な公演の主人公たちが入り乱れるお祭り公演であっさり復活しますよ。そして夾子と別れる。(別れない)

 

『アイドル♂怪盗レオノワール』はかなりライトめでハッピーな感じに仕上げましたが、実は根本的には結構暗い話…だったりします。あと未来が不明瞭だったりします。

だからこそ観てる人に結末を委ねているので、特に公式から絶対こうなる!と明言する気はなくて、自由に想像して楽しんで頂けると…!

 

キャッチコピーの「ひとは、かわれる!(かわれない)」ですが、これには色々意味があります。

 

人は、代われる!(代われない)

人は、換われる!(換われない)

…カナメたちが変身出来ること、作中でカナメが変身出来なくなったり登場人物の自我が揺らいでいくことを示唆している。

 

人は、飼われる!(飼われない)

人は、買われる!(買われない)

人は、替われる!(替われない)

…テーマがディストピア社会だったので。支配される・されない、など。移ろう支配権なども。

 

人は、変われる!(変われない)

…登場人物たちが成長していくこと、反対に、本質が何も変わらないということを示唆。カナメは今後成長できるのか?ゼクスは本当にニンゲンと共存できるのか?などなど、ラストに提起できるように。

 

などなど。

人は、かわれる!(かわれない) といったキャッチコピーで、さらに作品に深みが増せばいいなと思って、作りました。

 

ここまでバーッと色々長々と書き連ねてしまいましたが、以下、今作の創作の際の小ネタなどを箇条書きでシンプルにまとめてました!何個かTwitterでも言ったのが混ざってます!

 

 

・カナメの名前の由来は「要(かなめ)」主人公なので。アタルは「中(あたる)」カナメと呼応するような中心的な名前がよくて。シオリは「栞(しおり)」物語の随所に挟まっていくようなイメージ。登場人物の名字は動物モチーフだったりそうじゃなかったり。

・夾子の「夾(きょう)」は、ものの間に入り混じるといった意味。ヒロインなので、様々な勢力の間を行き来するため。みりゅーは美龍という意味もあるけど、フランス語のmilieu(ミリュー)が由来。意味は中間。敵と味方の間的な意味で。

・トドメとダンは「留(トド)めと断(ダン)」対照的な名前にしたくて。

・ヤンシャ、ユエシャ、シンシャはそれぞれ陽蛇、月蛇、星蛇といった漢字表記。蛇は中国語読みだと(多分)シュアといった感じだけど、カタカナに寄せて今の形に。美「巳」子の代わりといった意味で。蛇が神格化したものが龍と言われているので、そういった面でも関係性を示したかった。

・夾子というヒロインは、戯曲上だと全く女性として魅力的ではない(と思う)。かっこいい場面もないし、魅力をアピールするシチュエーションもない。特別なチカラもないし、敵にさらわれたりしてるだけ。だから夾子は可愛い役者が可愛く演じないと主人公やライバルが何でコイツに惚れてるのか分からない、全く説得力がないキャラだ、と稽古中に演じる青海さんにひたすら言い続けた。青海さんが夾子を可愛く魅力的に演じてくれないと全くこの話全体に説得力がなくなると思った。

・今回創作史上初めて「四天王」という存在を出せて楽しかった。ずっとやってみたかったんだよね。また四天王ってモチーフはやってみたいですね、今度は紅一点の女の子とかも入れてみたい。

・エーステって語源は調べればすぐ出てきちゃうし多分キャラ発表の段階で調べた人はもう話の展開とか分かっちゃうかもなって感じだったんですけど…ドイツ語のersteですね。一つめ。ドイツ語発音だとエーアステみたいな感じですけど。エヴァンゲリオンでアスカが量産機を倒す時に一体目を倒して「エーステ!」って言ってる場面がカッコイイなあと思ってて。フェイロン=ワンのワンは「王」ですが、数字のワン(1)も重なってていいなと思って。キャラとか用語の名前に色々な意味を重複させるのが好きなんですよね。

・今回、作詞の時、世界観がいつもと違って近未来で普段私たちが過ごしている世界と差異があまり無かったので、フランクな言葉づかいで作詞出来たのが新鮮で楽しかったです。Twitterでも気付いてた方が居たのですが、OP『Leonoir!』の「何にもならない呟きは、の呟きってTwitterなのでは?」とのことですが、その通りです。Twitterをイメージして書きました。あと2番の「6つ目のアイで暴いて」は愛じゃなくてIなイメージでした、自分、みたいな。余談ですが、ファントムたちの衣裳にはローマ数字でそれぞれの数字が書いてありますが、アインの数字は「Ⅰ」で、そこでも自分とか自我とかいうのと意味を重ねたりしてました。

・ラッテちゃんが途中で赤い旗持って絵画のようなポーズをキメるところがありますが、あれは有名なドラクロワ作『民衆を導く自由の女神』が元ネタです。赤星は大学でこの絵について少しだけ詳しく学びましたが、その時の感想は「真ん中の赤い旗持ってるのってフランス民が思うフランスの擬人化なのかあ。自国を女性に擬人化するってすごいなあ」でした。余談ですがイタリアでも各州を女神に擬人化してたりとかするし、自分たちを女神に擬人化するのってスタンダードなんでしょうね。

・カナメが「俺は…マングローブだ」と自分のことを評しますが、何でマングローブって単語なのかっていうと、完全に赤星が普段生きてる中で印象に残ってた単語がマングローブで、その理由はまた大学時代に遡りまして、「日本がエビを食べたいと思う度に発展途上国のアマゾンの中にひっそりと生い茂るマングローブがエビを育てるために刈り取られていく(マングローブが刈り取られた土地はあとはただ枯れていくだけ)」っていうことを少し勉強してて、何かその情景が印象に残ってて、今回台詞の中に取り入れてみました。エビ云々は本編に全く関係ないんですけど、何か普段生きてる中で、印象に残ったワードとかを突拍子もなく劇中に取り入れる癖みたいなのは昔からあります。

・毎公演、登場キャラはどこか赤星ユウに似てる人達の集まりで、今回は30名分の赤星ユウって感じなんですけど、今回自分で思う一番赤星に内面が似てるキャラはフェイロン=ワンと終盤のエーステ(ファントム・アイン)かなあと。コメントは割愛。

・本当はもっとカナメ、夾子、シオリ、アタルの四角関係のことについては深く書きたかった。でも上演時間内に収めるためにざっくり削ってしまった…。カナメはシオリには普通に接することが出来るのはシオリを家族と思ってるから。カナメとシオリはいとこで家族同士だけど、その距離感が夾子から見たらより近く見えるし、微笑ましいけど何か少し引っ掛かるといった感じ。シオリはカナメを恋愛的に見てはいないけど家族だったり姉弟子だったりといった視点から見てるので、ある意味特別には見てる。カナメとシオリの関係は独特なので、それがある種の絆にもなっている。(恋愛的なものではないが、他人の恋愛よりも強固な絆ではある)アタルは夾子をめぐってカナメと特別な関係になる。ライバルでもあるし、でも親友。何だかんだ波長の合うシオリとアタルが何となく一緒に居るようになって、今後何か進展しそうな雰囲気を出して物語は終わる。といった感じだったけど、描けたところと描ききれなかった部分がある。全24話のアニメでやりてえな…。

・ファントムのキョウダイ感は結構出したかったですね。というか今作だけじゃなくて、創作の際に「キョウダイ」ってものをモチーフにするのが好きです。自分にとってキョウダイっていうのは、自分に遺伝子が近いけど他人っていう不可思議で見方を変えれば(言葉は悪いが)ある種の気持ち悪いものという存在なので、ファントム間でもそういった「似てるけど何か違う」っていう不思議さとか不気味さみたいなのが相互で出せればいいなあと思って作りました。

・あと自分が演劇を創作する際に毎回多くモチーフとして追及してるのは「魂って何だ?何処にあるんだ?」ってことであったりするので、そういうものをファントムシリーズとかアイドル♀コンパニオンとか人間ではないものが追及していった先、みたいなものが表現出来てたらいいな。人間(魂を持つもの)とそうでないもの(魂を持たないもの)的な…人間賛歌でもあり人間へのアンチテーゼでもある、そんな作品を作り続けていたいな。

・前作『昴のテルミニロード』がかなりシリアスで難しい言葉もいっぱい使ってるダークな劇だったので、その終演後には「もう次は難しい言葉とか何も使わない超ライトでコロコロコミックな作品にするぜよ~」って思って出来たのがコレ。反動的な。だから次からはまた少しずつ難しい言葉を使ったゴリゴリの世界観系のものを作りたいと思ってます。そうしてまたある程度難しい言葉のお芝居を作ったら、反動で今回みたいな作品にまた戻ってくると思います。今回みたいな作品が好きだったって方、その時までお楽しみに。

 

-----キリトリ-----

 

ここまで長々と読んで頂きありがとうございました!

ご来場してくださったお客様、

ご来場は出来なかったけど応援してくださったお客様、

そして関係者の皆様、

改めましてこの度はありがとうございました!

 

今後もレティクル東京座は活動を続けていきますので、よろしくお願い致します!

ひとまず6月24日(土)に彩の国さいたま芸術劇場映像ホールにて『アイドル♂怪盗レオノワール』のDVD発売記念★上映会があるのでまた一緒にレオノワクワクしようず。詳細は春には出すよ!

あと次回公演は9月27日(水)~10月2日(月)にシアターグリーンBIG TREE THEATERでやります。今回と同じ劇場ですね!タイトルは『皇宮陰陽師アノハ』読み方は「こうぐうおんみょうじあのは」内容は近未来陰陽師です。詳細は続報を待ってね!

 

ではでは。

またお会いしませう。

赤星でした!ここまでで約1万2000文字!ヒェッ…。